推しの印鑑がなくて自作する
テレワークの波が押し寄せ、はんこ業界はそのあおりを食っている。業務のデジタル化に伴って、押印義務を廃止しようとする流れが生まれつつあるのだ。
私は印鑑を押す機会がほとんどない。それに加えセキュリティ的観点からも押印について不信感を持っており、その義務が廃止されても何ら不満はない。千葉市では既に2009年から市の申請書をすべて「署名可」としているそうだ。押印義務の廃止が日本全土に拡大するのも、時間の問題かもしれない。
しかし、そうなったとしても印鑑は消滅しないだろう。理由はいくつかあるが、その一つは「推しの苗字の印鑑を買う」ことに喜びを見出すオタクがいるからだ。その数は決して多くないが、確実に一定数存在している。かくいう私もその一人だ。
ところで、私が以前から愛読している漫画に「ゆるゆり」がある。
内容の説明は割愛するが、私はこの作品に登場するキャラクターたちが大好きだ。そんなわけでキャラたちの苗字の印鑑が欲しくなって、近所のデパートに赴いた。
「赤座」ある。「吉川」ある。「大室」ある。「杉浦」ある。……あれ?
「歳納」だけ、どこを探してもない。
調べてみたところ、「歳納」は全国に約100人しか存在しないレア苗字らしい。ちなみに、同じくレア苗字っぽい雰囲気の「赤座」は約800人。8倍もいる。
無いなら仕方ない。赤座の印鑑だけを購入し家に帰った。「棚にない印鑑はお作りします」というポップも出ていたが、およそ1500円とのこと。ゆるゆりの通常版に換算すれば2冊分である。金はかけたくないが印鑑は欲しい。
ジレンマである。どうしたらいいのか。
え?
マリーアントワネットさん?
/作ればいいじゃない\
そうしよう。
私の趣味は消しゴムはんこの制作だ。七森中の生徒会印や蔵書印を捏造した過去もある。
ただ、今から作ろうとしているのは印鑑だ。サイズはわずか10mm。こんな小さいものは今まで作ったことがない。はたして上手くいくだろうか?
パソコンで印面をデザインし、10mmに縮小して消しゴムに転写。角をそぎ落として円形にする。
…いける。確かに小さいのだが、そのおかげで刃を入れる部分も少ないのだ。サクサクである。
そうこうしているうちに彫りあがった。が、このままでは非常に使いづらい。なにしろ厚さが5mmあるかないかなのだ。押しにくいことこの上ない。どうしたらいいのか。
/持ち手をつければいいじゃない\
そうだね。
市販の印鑑を用意し、自作した消しゴム印の長さだけ先端を削る。
そして、瞬間接着剤でくっつける。
ここまでくると完全に印鑑としての体を成している。
しかし重要なのは、本当に印鑑として機能するかどうかだ。文字がつぶれているようでは話にならない。
押してみよう。さあ、どうなんだ?
あるわコレ。
誰がどう見ても、歳納京子の自宅にある印鑑だ。心配は杞憂だったようだ。
加えて、先端を削ってから貼り付けたのが功を奏し、印鑑ケースにもちょうど収まる長さになった。横着しないでよかった。
こうして、めでたく「歳納」の印鑑を手に入れることができた。ここでこの記事を終わりにしてもいいが、それでは印鑑を買って喜んでるだけのオタクとなんら変わりないのだ。なんとかしてこいつを有効活用出来ないだろうか。
しばらく悩んでいたところ、私の頭に一つのアイデアが浮かんできた。
用意するものは印鑑、封筒、そして「Wordテンプレート」だ。
Microsoftのホームページを見たことはあるだろうか?製品案内やサポート情報以外にも、PowerPointやWordで使えるテンプレートが配布されていたりする。内容は季節のイベントに関係するものから、確定申告などに使えるものまで多岐に渡る。そしてその中には、「保護者に渡すお知らせ文書のテンプレート」も存在するのである。
私はWordを立ち上げた。文言を考え、テンプレートを書き換えること十数分。印刷して出来上がったのがこちらだ。
「教材費納入のお願い」である。
ここに名前を記入して印鑑を押し、500円を入れた封筒を用意すれば……
「教材費のスタイルを利用した500円貯金システム」が完成する。
封筒の中の500円を使おうとすると、「歳納京子の教材費を着服しようとしている後ろめたさ」を感じるため、無駄遣いの減少が期待できる。名前や金額を書き換えれば、「大室櫻子の給食費」や、「赤座あかりのPTA会費」などのバリエーションを制作でき、さまざまな貯金(と妄想)が楽しめる。
そんなわけで、推しの印鑑を活用する方法を紹介させてもらった。もしかすると先駆者がいるかもしれないが、「自分の好きなキャラの私物を持っている」という感覚を味わうことが出来てかなり楽しい。興味がある方は、Wordテンプレートや印鑑を使って試してみてはどうだろう。
え?
推しの苗字の印鑑が無かった?
/ないなら作ればいいじゃない\
それではさようなら。